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鉄欠乏の予防と治療の意義 鉄欠乏の予防と治療の意義

女性のメンタル不調や疲労感の原因の一つとして鉄欠乏があげられます。これらの症状は女性の日常生活に影響を及ぼしていると考えられます。適切な食生活改善や鉄補充を行うことで、鉄欠乏に伴う症状は改善される可能性が高いでしょう。

ただし、女性は月経や妊娠・出産を経験するため、常に意識をしていなければ容易に貯蔵鉄が減少しかねないことを医療者も深く認識しておかねばなりません。鉄欠乏性貧血を適切に診断し十分に治療することはもちろん重要ですが、「貧血のない鉄欠乏(Non-anemic iron deficiency; NAID[以下、潜在性鉄欠乏])」に対しても改善や予防意識・行動は必要です。

本コンテンツでは、鉄欠乏の課題を「鉄欠乏性貧血」にとどまらずもっと広くとらえ、その様々な健康リスク及び予防・治療の重要性について解説します。

鉄欠乏とは?鉄欠乏性貧血とは?

貧血とは血中ヘモグロビン濃度が成人男性では13g/dL、成人女性では12g/dL未満に低下し、ヘモグロビンによる酸素の運搬能が低下した状態です。そのうち最も頻度の高い鉄欠乏性貧血は、体内の鉄が不足して赤血球造血に必要な鉄が骨髄の造血系に供給されないために発症するものです。その原因は鉄の需要・喪失の増大、または供給の減少であり、鉄の出納バランスが負に傾くと、まずは体内の貯蔵鉄が減少し始め、やがて枯渇します。ヘモグロビン濃度が低下するのはその後です1)

鉄欠乏とは、貯蔵鉄が減少している状態を指します。鉄欠乏性貧血に陥っている状態はもちろんのこと、いわば「未病」状態ともいえる「潜在性鉄欠乏」も含まれます。日本鉄バイオサイエンス学会は貯蔵鉄の指標となる血清フェリチン値が12ng/mL未満であることを鉄欠乏の基準として提唱しています1)

潜在性鉄欠乏では血清フェリチン値は低下(<12ng/mL)していますがヘモグロビン値は正常(12g/dL≦)であるため、この状態は一般的に治療の対象とみなされていないことが多いものです。しかし本コンテンツでは、この状態がすでに臨床症状やQOL(生活の質)低下の原因になっている可能性にも焦点を当てたいと思います。

鉄の出納バランスが崩れている根本原因に対策がなされないままでいると潜在性鉄欠乏の段階を経て鉄欠乏性貧血の発症に至ります1)。また、鉄欠乏性貧血に対する治療を行っている場合、潜在性鉄欠乏は回復途中の段階でもあります。貯蔵鉄の充足をみないまま鉄補充が中断されたり、継続的な鉄動態のフォローがなされなかったりすれば、貧血が再発するハイリスク状態であるといえます。

このように考えますと、鉄欠乏性貧血の治療は鉄欠乏対策全体の一部分でしかありません(下図)。鉄欠乏性貧血の治療が重要であることは言うまでもありませんが、更に広く鉄欠乏への対策が必要です。有経女性、妊産婦、産後の女性は鉄の需要増大または供給不足になりやすいので、特に重要です。

鉄欠乏対策(健康的なIron statusの維持)

江川美保先生作成

日本における鉄欠乏の実態

厚生労働省の「国民健康・栄養調査報告」によると、日本における月経のある女性(20~40歳代)の40%以上は血清フェリチン値が15ng/mL未満であり、このことから、月経のある女性の約半数は鉄欠乏の可能性があると考えられます2)

※:鉄欠乏性貧血と潜在性鉄欠乏の診断基準(鉄剤の適正使用による貧血治療指針 改訂[第3版])では、血清フェリチン値は12ng/mL未満を潜在性鉄欠乏と定義されています1)

これは、月経のある女性において1日に摂取すべき食事中の鉄量が15~18mgであることに対し、実際の摂取量は6.5~6.7mgであり、必要量を満たしていないことが大きな要因の一つであると考えられます1)

日本における女性の鉄欠乏・鉄欠乏性貧血の頻度は国際的に見て高率です(下図1)。鉄欠乏の頻度が高い要因としては日本人の食生活の変化が一因としてあげられ、1日あたりの鉄摂取量は1975年では13.4mg/日であったのに対し、2012年では7.4mg/日まで減少しています1,3)。また、日本の女子大学生を対象とした鉄欠乏の実態調査では、約2割に鉄欠乏が認められ、フェリチン不足群(25ng/mL未満)においては、洋菓子(p=0.0278)やコーヒー(p=0.0246)の摂取が有意に多く、食生活のバランスを欠いている可能性が示唆されました4)

しかしながら国内において鉄欠乏の女性に対する予防対策は少なく、国内の現状に見合った予防対策が求められます1)

世界の女性の鉄欠乏・鉄欠乏性貧血の頻度

1)鉄剤の適正使用による貧血治療指針 改訂[第3版]. 響文社. 2015.より作図

鉄欠乏とメンタルヘルス・疲労感

2011年までの論文をもとにしたシステマティックレビューでは、女性における鉄欠乏は、メンタルヘルスの低下や認知機能の低下、疲労感の増加と関連することが報告されました5)

台湾の成人を対象とした報告では、鉄欠乏性貧血群では、非鉄欠乏性貧血群と比較して、精神障害のリスクが高く(ハザード比:1.52、95%CI:1.45-1.59、p<0.001)、不安障害(p<0.001)、うつ病(p<0.001)、睡眠障害(p<0.001)及び精神障害(p<0.05)の発現率が有意に高かったと報告されています6)

また、フランスにおける成人44,173例を対象とした大規模調査では、うつ症状のある者はない者と比較して貧血であることが多く(オッズ比:1.36、95%CI:1.18-1.57、p<0.001)、うつ症状が重度になるにつれて、貧血の罹病率が高い傾向があると報告されました(p<0.001)7)

本邦において、妊婦健診を受けた妊婦における妊娠初期の潜在性鉄欠乏と周産期の抑うつ症状の関連を検討したパイロット研究では、妊娠中期から産後1ヵ月のエジンバラ産後うつ病スケール(EPDS)スコアは、正常群では増加が認められませんでしたが(p=0.2318)、鉄欠乏群で有意な増加が認められました(p=0.02441)8)

上記のリスクは現代女性の日常生活に影響を及ぼしていると考えられるため、鉄欠乏を予防し、必要に応じて早期に治療を行うことは重要であるといえます。

鉄欠乏・鉄欠乏性貧血によるメンタルヘルス・疲労感

鉄欠乏の治療メリットと意義

女性における鉄欠乏は、メンタルヘルスのスコア低下や認知機能の低下、疲労感の増加と関連することが報告されていますが、鉄欠乏によるメンタル不調や疲労感は、適切な量の鉄を補充することで改善可能であることが示唆されています5)。また、重度の貧血状態でメンタル不調をきたした人では、貧血状態を改善しなければ、メンタルヘルスケアを行うことが難しいため、貧血に対する治療介入が求められます。

台湾の成人を対象とした報告では、鉄欠乏性貧血群における鉄補充は、非鉄補充と比較して、精神障害のリスクが有意に低下していました(ハザード比:0.85、95%CI:0.80–0.90、p<0.001)6)

2011年までの論文をもとにしたシステマティックレビューでは、鉄補充による治療により、認知機能の算術スコアの改善が認められました(標準化平均差:0.84、95%CI:0.47-1.22、p=0.01)5)下表に、システマティックレビューに組み込まれた試験の一覧を示します(文献5より作表)。

また、鉄の経口投与や静脈内投与により、潜在性鉄欠乏女性の疲労が改善された報告9-10)や、鉄の補充によって鉄欠乏性貧血の疲労感及びQOLが改善された報告もあります11)

鉄欠乏・鉄欠乏性貧血・鉄の状態の変化における精神障害、認知機能、疲労感の関係が評価された試験例5)
著者 試験デザイン 対象 選択基準 投与薬剤 結果
Beard JL, et al.12) ランダム化 n=95
18-30歳の鉄欠乏性貧血の母親
Hb:90-115g/L及び以下のうち2つ以上
MCV<80fL
TSAT<15%
Ft<12μg/L
FeSO4 125mg
(10週間)
抑うつスコア、ストレススコア、Raven's Progressive Matricesテストが改善した。
Murray-Kolb LE, et al.13) ランダム化 n=152
18-35歳の鉄欠乏性貧血及び潜在性鉄欠乏の女性
鉄欠乏性貧血:
Hb:105-119g/L
及び​​異常な鉄状態値が2つ以上
潜在性鉄欠乏:
Hb≧120g/L 及び異常な鉄状態値が2つ以上
FeSO4 160mg
(16週間)
鉄が十分な女性は、鉄欠乏性貧血の女性よりも認知機能のパフォーマンスが良く、より早く課題を完了した。治療後においてFt値の改善は認知機能の向上と関連していた。
Bruner AB, et al.14) ランダム化 n=81
13-18歳の潜在性鉄欠乏の女性
Ft≦12μg/L
Hb:正常
FeSO4 1,300mg
(8週間)
言語学習、記憶テストで良い成績が認められた。
Ballin A, et al.15) ランダム化 n=59
16-17歳の低鉄血症の女性
Hb≦120g/L、
Ft≦10μg/L、
TSAT≦16%、
Fe≦12μmol/L
ポリスチレンスルホン酸塩(Feイオン 105mg)
(8週間)
倦怠感、学校での集中力、気分の主観的パラメータで有意な改善が認められた。
Elwood PC, et al.16) ランダム化 n=47
20歳以上の貧血の女性
Hb<105g/L FeCO3 150mg
(8週間)
Hbレベルの上昇と精神運動機能や症状の改善に統計学的に有意な関連は認められなかった。
Groner JA, et al.17) ランダム化 n=38
14-24歳の妊婦
Ht≧31% C4H2FeO4 90mg
(4週間)
短期記憶などの大幅な改善が示された。
Patterson AJ.18) ランダム化 n=76
19-35歳の女性
FeSO4 350mg
(12週間)
Khedr E, et al.19) 非ランダム化 n=53
16-28歳の鉄欠乏性貧血の成人
FeSO4 125mg
(12週間)
さまざまな認知機能検査(MMSE、WMS-R、WAIS-R)や事象関連電位、脳波異常などの改善が認められた。
Månsson J, et al.20) 非ランダム化 n=75,375
16-19歳の鉄欠乏の成人
以下のうち1つ以上
Hb≦115g/L、
Ft≦20mg/L
Tf≦3.30g/L
FeSO4 100mg
(12週間)
めまい、イライラ、抑うつ症状、体調不良の症状スコアが大幅に減少した。
Kretsch MJ, et al.21) 介入前後 n=24
25-42歳の肥満女性
FeSO4 55mg
(20週間)
ダイエット前後でHbレベルと持続的な注意力の測定結果に正の相関が認められた。

Hb:ヘモグロビン、MCV:平均赤血球容積、TSAT:トランスフェリン飽和度、Ft:血清フェリチン、Ht:ヘマトクリット、Tf:トランスフェリン

5)Greig AJ, et al. J Nutr Sci. 2013; 2: e14. より作成

その他にも鉄欠乏性貧血が再発しやすい傾向にある人では、貯蔵鉄の回復までに期間を要し、鉄欠乏の段階よりも治療が困難になる可能性があるため、早期介入により、重症化しない対策が求められます。また、妊娠を予定している女性では、妊産婦における鉄欠乏・鉄欠乏性貧血や児へのリスクを考慮し、月経が始まる思春期からの鉄欠乏の予防、治療などの早期介入が望まれます。

鉄欠乏・鉄欠乏性貧血がはらむ健康リスク

鉄欠乏は適切な量の鉄補充で改善できるものの、未治療のまま進行すると、鉄欠乏性貧血を発症する可能性があります。鉄欠乏性貧血の要因の一つとして「鉄需要の増大」があげられ、慢性的な出血によって生じることが多く、日本人女性で最も多い原因は月経になります。また、過多月経の人では鉄欠乏性貧血が再発しやすいことも知られています1)

鉄欠乏性貧血により低酸素状態となることで、息切れ、疲労、動悸、頻脈、運動障害、吸収不良、悪心、体重減少、腹痛などの症状が認められ、QOLの低下につながることが知られていますが、治療によりQOLの改善が認められることが報告されています22)

小児では認知機能の低下や運動・認知発達の遅れ、生殖年齢層の女性では身体機能の低下やQOL低下、高齢者では認知機能の低下などと関連しており、特に妊婦における鉄欠乏性貧血は早産、新生児低体重、周産期合併症のリスク増加と関連しています。また、重度の鉄欠乏性貧血は、分娩時の過度の出血に対する耐性が低下し、感染症リスクが高まるため、新生児死亡率及び妊産婦死亡率の増加とも関連しています23)

鉄欠乏・鉄欠乏性貧血が及ぼす影響

22)Kumar A, et al. BMJ Open Gastroenterol. 2022; 9(1): e000759.
23)Cappellini MD, et al. J Intern Med. 2020; 287(2): 153-170.
24)Wiegersma AM, et al. JAMA Psychiatry. 2019; 76(12): 1294-1304. より作成

まとめ

  • 日本における女性の鉄欠乏・鉄欠乏性貧血の頻度は国際的に見て高率です。
  • 鉄欠乏(潜在性鉄欠乏も含む)による女性のメンタル不調や疲労感などは、適切な食生活改善や鉄補充を行うことで、症状は改善される可能性が高いことが報告されています。
  • 鉄欠乏状態を未治療のまま放置すると鉄欠乏性貧血を発症する可能性があり、様々な症状のみならず、女性では身体機能やQOLの低下との関連が報告されています。
  • また妊婦では、鉄欠乏性貧血により母児ともに合併症リスクが高くなるため、月経がはじまる思春期からの鉄欠乏の予防、鉄の補充が重要であり、早期の介入が望ましいと考えられます。
  • 女性は月経や出産により出血を伴うため、常に意識をしていないと貯蔵鉄が減少し枯渇しかねません。鉄欠乏性貧血において治療不十分にならないよう確実に回復させることはもちろんですが、潜在性鉄欠乏においても改善や予防意識・行動は必要です。さらに、回復後も継続的なケア(食事指導による食生活の改善など)が必要となります。

参考文献

1)
日本鉄バイオサイエンス学会治療指針作成委員会編. 鉄剤の適正使用による貧血治療指針 改訂[第3版]. 響文社. 2015.
2)
厚生労働省. 平成21年国民健康・栄養調査報告
3)
厚生労働省. 平成28年国民健康・栄養調査報告
4)
澤田めぐみ, 他. 栄養学雑誌. 2022; 80(5): 273-284.
5)
Greig AJ, et al. J Nutr Sci. 2013; 2: e14.
6)
Lee HS, et al. BMC Psychiatry. 2020; 20(1): 216.
7)
Vulser H, et al. Acta Psychiatr Scand. 2016; 134(2): 150-160.
8)
Ohsuga T, et al. J Obstet Gynaecol Res. 2022; 48(11): 2730-2737.
9)
Krayenbuehl PA, et al. Blood. 2011; 118(12): 3222-3227.
10)
Vaucher P, et al. CMAJ. 2012; 184(11): 1247-1254.
11)
Okam MM, et al. Am J Med. 2017; 130(8): 991.e1-991.e8.
12)
Beard JL, et al. J Nutr. 2005; 135(2): 267-272.
13)
Murray-Kolb LE, et al. Am J Clin Nutr. 2007; 85(3): 778-787.
14)
Bruner AB, et al. Lancet. 1996; 348(9033): 992-996.
15)
Ballin A, et al. Am J Dis Child. 1992; 146(7): 803-805.
16)
Elwood PC, et al. Br Med J. 1970; 3(5717): 254-255.
17)
Groner JA, et al. J Adolesc Health Care. 1986; 7(1): 44-48.
18)
Patterson AJ. niversity of Newcastle. 1999
19)
Khedr E, et al. Eur Arch Psychiatry Clin Neurosci. 2008; 258(8): 489-496.
20)
Månsson J, et al. Scand J Prim Health Care. 2005; 23(1): 28-33.
21)
Kretsch MJ, et al. Eur J Clin Nutr. 1998; 52(7): 512-518.
22)
Kumar A, et al. BMJ Open Gastroenterol. 2022; 9(1): e000759.
23)
Cappellini MD, et al. J Intern Med. 2020; 287(2): 153-170.
24)
Wiegersma AM, et al. JAMA Psychiatry. 2019; 76(12): 1294-1304.

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