妊産婦貧血の周産期予後への影響

監修
順天堂大学医学部附属
浦安病院 産婦人科 教授
周産期母子医療センター センター長
牧野 真太郎 先生

妊娠中や授乳中の女性では、循環血液量の増加による生理的血液希釈に加えて、鉄の需要増大により鉄欠乏性貧血を生じる可能性があります。妊産婦の貧血は母児の周産期予後に影響を与える因子であることが報告されているため、妊産婦の貧血と周産期予後の関連を理解し、適切に管理することが重要です。
本コンテンツでは、妊産婦貧血の周産期予後への影響と妊産婦における鉄欠乏性貧血の治療について解説します。

妊産婦における鉄欠乏性貧血

妊娠中や授乳中の女性では、循環血液量の増加による生理的血液希釈に加えて、胎児の発育や母乳中へのラクトフェリンの分泌により鉄の需要が増大していることから、鉄欠乏の状態になりやすく、 鉄欠乏性貧血を生じる可能性があります1)「鉄代謝と鉄欠乏」を参照

世界保健機関(The World Health Organization:WHO)及びアメリカ産婦人科学会(The American College of Obstetricians and Gynecologists:ACOG)では、貧血と周産期予後との関連に基づいて、母児周産期予後の向上のため全妊婦への鉄剤補充が推奨されています2,3)

また、Global Nutrition Targets 2025では「生殖年齢である女性の貧血を50%減少させる」ことが2025年までに解決すべき目標として掲げられています4)

しかし、日本における妊産婦の貧血と周産期予後の関係に関する研究は乏しく、貧血の治療介入や治療効果判定の基準は定まっておらず、医師の裁量に任されているのが現状です。

生理的血液希釈+鉄需要の増大 妊産婦における鉄欠乏性貧血

妊産婦における貧血や鉄欠乏と周産期予後との関連

妊婦における貧血や鉄欠乏による出生児への影響として、新生児死亡5)、早産5,6,7)、低出生体重児5,6,8,9,10)、SGA児6)、認知発達機能への影響11)などが報告されています。また、母体への影響として母体死亡12)、レストレスレッグス症候群(restless legs syndrome:RLS)13)、帝王切開・輸血割合の増加7,14)などが報告されています。

産後における貧血や鉄欠乏の影響としては、母乳の質の低下15)、産後うつ16)、授乳期間の短縮17)、母乳哺育導入への影響18)などが報告されています。

一方で、鉄欠乏状態を改善することで疲労が減少する可能性が示唆されており19)、妊娠時に鉄欠乏性貧血の女性や出産時の出血量が多い女性に対して鉄剤による治療を行うことで、疲労感が軽減されたとの報告があります20,21,22)

妊産婦における貧血や鉄欠乏と周産期予後との関連
妊娠中の影響 産後の影響
出生児への影響 母体への影響
  • 新生児死亡
  • 早産
  • 低出生体重児
  • SGA児
  • 認知発達機能への影響
など
  • 母体死亡
  • RLS
  • 帝王切開・輸血割合の増加
など
  • 母乳の質の低下
  • 産後うつ
  • 授乳期間の短縮
  • 母乳哺育導入への影響
など

SGA児:在胎期間別出生時体格標準よりも体重が少ない(small for gestational age)児

妊産婦における貧血の治療

妊産婦における貧血は、日本鉄バイオサイエンス学会、WHO、国際産科婦人科連合(International Federation of Gynecology and Obstetrics:FIGO)では、それぞれ以下のように定義されています。

日本鉄バイオサイエンス学会「鉄剤の適正使用による貧血治療指針」1)
妊娠9週未満
  • ヘモグロビン値11g/dL未満及び、又はヘマトクリット値33%未満を貧血とし治療する。
妊娠9週以降
  • ヘモグロビン値11g/dL未満及び、又はヘマトクリット値33%未満でMCVが85fL未満では経口の鉄剤投与を行い、経口剤の投与が困難な場合や、鉄の損失が多い方は注射薬とする。
  • MCVが85fL以上ではヘモグロビン値が9g/dL程度までは食事療法を行う。
WHOの基準2)
妊娠初期・後期
  • ヘモグロビン値11.0g/dL未満、ヘマトクリット値33.0%未満を貧血として診断する。
妊娠中期
  • ヘモグロビン値10.5g/dL未満、ヘマトクリット値33.0%未満を貧血として診断する。
FIGOの基準23)
妊娠中・産後
  • ヘモグロビン値11.0g/dL未満を貧血として診断する。
  • ヘモグロビン値が正常範囲に戻った場合も、鉄貯蔵量を補充するために、3ヵ月間、少なくとも産後6週までは鉄補充を続けるべきである。
  • 著しい症状や重度の貧血(ヘモグロビン値<7.0g/dL)、妊娠後期(>34週)、もしくは経口鉄剤に反応しない場合は、二次医療機関への紹介を考慮するべきである。

「産婦人科診療ガイドライン産科編2023」では、「鉄剤の適正使用による貧血治療指針」を参考として、ヘモグロビン値11g/dL以下かつMCV85%未満を目安に治療対象とし、治療期間は「FIGO」などを参考に、6週間以上とすることが提案されています24)

退院後は育児により頻回通院は難しいため、入院中にできる限り貧血や鉄欠乏を改善し、助産師を含めたメディカルスタッフとともに産後のフォローアップを行う必要があります。また、産後ケア施設への入所も対策の一つとなります。

まとめ

  • 妊娠中や授乳中の女性では、鉄の需要が増大しており、鉄欠乏の状態になりやすいと考えられています。
  • 妊婦における貧血や鉄欠乏により、出生児への影響(新生児死亡、早産、低出生体重児、SGA児、認知発達機能への影響)、母体への影響(母体死亡、RLS、帝王切開・輸血割合の増加)、産後における影響(母乳の質の低下、産後うつ、授乳期間の短縮、母乳哺育導入への影響)などが認められる可能性があります。
  • 周産期予後の観点から、妊産婦の貧血にも関心を高める必要があります。まずは食事療法により鉄欠乏の予防・改善を行うこと、不十分な場合は適切に鉄欠乏性貧血の治療を行うことが重要です。

参考文献

1)
日本鉄バイオサイエンス学会治療指針作成委員会編. 鉄剤の適正使用による貧血治療指針 改訂[第3版]. 響文社. 2015.
2)
World Health Organization. WHO recommendations on antenatal care for a positive pregnancy experience. 2016.
3)
American College of Obstetricians and Gynecologists. ACOG Practice Bulletin No. 95: anemia in pregnancy. Obstet Gynecol 2008; 112:201-7. Reaffirmed 2017.
4)
World Health Organization. Global nutrition targets 2025: policy brief series. 2014.
5)
Rahman MM, et al. Am J Clin Nutr. 2016; 103(2): 495-504.
6)
Ren A, et al. Int J Gynaecol Obstet. 2007; 98(2): 124-128.
7)
Drukker L, et al. Transfusion. 2015; 55(12): 2799-2806.
8)
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9)
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10)
Haider BA, et al. BMJ. 2013; 346: f3443.
11)
Wiegersma AM, et al. JAMA Psychiatry. 2019; 76(12): 1294-1304.
12)
Daru J, et al. Lancet Glob Health. 2018; 6(5): e548-e554.
13)
Shang X, et al. Sleep Breath. 2015; 19(3): 1093-1099.
14)
VanderMeulen H, et al. BMC Pregnancy Childbirth. 2020; 20(1): 196.
15)
França EL, et al. J Matern Fetal Neonatal Med. 2013; 26(12): 1223-1227.
16)
Maeda Y, et al. Int J Gynaecol Obstet. 2020; 148(1): 48-52.
17)
Rioux FM, et al. Can J Diet Pract Res. 2006; 67(2): 72-76.
18)
Horie S, et al. Environ Health Prev Med. 2017; 22(1): 40.
19)
Yokoi K, et al. Br J Nutr. 2017; 117(10): 1422-1431.
20)
Jose A, et al. BMC Pregnancy Childbirth. 2019; 19(1): 54.
21)
Holm C, et al. J Matern Fetal Neonatal Med. 2019; 32(17): 2797-2804.
22)
Holm C, et al. Vox Sang. 2017; 112(3): 219-228.
23)
FIGO Working Group on Good Clinical Practice in Maternal-Fetal Medicine. Int J Gynaecol Obstet. 2019; 144(3): 322-324.
24)
日本産科婦人科学会, 日本産婦人科医会編. 産婦人科診療ガイドライン産科編2023. 杏林舎.

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