第1回:肺高血圧症の臨床分類および診断基準
肺高血圧症は、肺動脈圧が高くなることで、心臓と肺の機能障害をもたらす予後不良な進行性の疾患群です。この肺高血圧症は、病変の存在部位により5つの群に分類されますが、もっとも典型的な肺高血圧症としての臨床像を呈する疾患として第1群に分類されているのが、肺動脈性肺高血圧症(PAH)です。
本コンテンツでは、肺高血圧症の臨床分類および診断基準を中心に解説します。
肺高血圧症の臨床分類
肺高血圧症の臨床分類は、2008年のダナポイント分類に2013年のニース会議で小規模な改訂を加えた「ニース分類」が現在、世界的に用いられています。
ニース分類では、肺高血圧症を5つの群、すなわち第1群:PAH、第2群:左心性心疾患に伴う肺高血圧症、第3群:肺疾患および/または低酸素血症に伴う肺高血圧症、第4群:慢性血栓塞栓性肺高血圧症(chronic thromboembolic pulmonary hypertension; CTEPH)、第5群:詳細不明な多因子のメカニズムに伴う肺高血圧症に分類しています。
第1群のPAHは、もっとも典型的な肺高血圧症としての臨床像を呈する疾患群です。PAHは、さらに特発性PAH(IPAH)、遺伝性PAH(HPAH)、薬剤・毒物誘発性PAH、各種疾患に伴うPAHに細分類されています。
肺高血圧症の検査:心エコー検査
心エコー法による検査は、非侵襲的に肺動脈圧を推定できることから、肺高血圧症の診断におけるgate keeper(門番)として用いられます。肺高血圧症が疑われる患者さん、あるいは肺高血圧症を合併する可能性のある疾患の患者さんには、積極的な施行が推奨されています。
肺高血圧症を診断するための心エコー検査は、三尖弁逆流ピーク血流速を使用することが推奨されています。ただし、三尖弁逆流ピーク血流速は過小評価や過大評価する場合があります。
また、肺高血圧症の重症化に伴って出現する心エコー所見も診断に有用です。例として、右室拡大、拡大した右室による心室中隔の圧迫、右房サイズの拡大、肺動脈血流速波形などが挙げられます。
これらの心エコー所見を総合して、肺高血圧症の可能性を判断します。
肺高血圧症の診断手順
肺高血圧症の診断は、病歴や身体所見をもとに肺高血圧症が疑われた時点から始まります。次いで、低侵襲かつ簡便である心エコー検査を行い、肺高血圧症の可能性を検討します。心エコー検査で肺高血圧症の可能性が高い場合、血液検査、心電図、胸部X線、血液ガス、肺機能検査(DLCOを含む)、胸部高分解能CT(HRCT)、肺換気―血流シンチグラム、胸部造影CTなどを施行します。
次に、右心カテーテル検査で血行動態を評価し、肺高血圧症の確定診断を行います。安静時の平均肺動脈圧(mPAP)≧25mmHgであれば、肺高血圧症と診断されます。PAHの診断には、さらに肺動脈楔入圧(PAWP)≦15mmHgを満たすことが条件となります。
肺血流シンチグラムは、急性肺動脈血栓塞栓症やCTEPHの診断に有用で、CTEPHや血管炎など肺血管の狭窄や閉塞がある場合には、血流障害部位のみが楔状血流欠損像として描出され、肺換気シンチグラムでは異常が認められません。
このような肺換気―血流シンチグラムなどの結果から第4群の肺高血圧症(CTEPH)が疑われる症例では、右心カテーテル検査時に肺動脈造影を施行し、特徴的な造影所見が確認できれば確定診断できます。
IPAH/HPAHの対応および治療
IPAHおよびHPAHは、きわめてまれな、原因と思われる基礎疾患のない高度の肺高血圧を主徴とする疾患です。
【一般的対応】
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- IPAH/HPAH患者さんに対する一般的対応に関しては、「避妊(エビデンスレベルC)」、「インフルエンザおよび肺炎球菌感染症の予防接種(エビデンスレベルC)」、「社会的・心理的なサポート(エビデンスレベルC)」が推奨クラスⅠで推奨されています。このように、IPAH/HPAH患者さんには日常生活に対する適切なアドバイスが必要であり、また家族や周囲のサポートも重要となります。
【支持療法】
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- 支持療法に関しては、まず、「右心不全および体液貯留に対する利尿薬投与(エビデンスレベルC)」が推奨クラスⅠで推奨されており、「右心不全により水分貯留が起こり、そのコントロールのために利尿薬が用いられる。ループ利尿薬、サイアザイド系利尿薬、抗アルドステロン薬を単独あるいは併用で投与する」と解説されています。
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- また、「動脈血酸素分圧60mmHg未満の場合の長期酸素投与(エビデンスレベルC)」も推奨クラスⅠとして推奨されており、「酸素吸入は、PAHにおいて平均肺動脈圧と肺血管抵抗を低下させる急性効果を有している。慢性閉塞性肺疾患で証明されたものと同様の生命予後改善効果を期待して、一般に、動脈血酸素分圧を60mmHg以上に保つ酸素投与が行われている」と解説されています。
IPAH/HPAHの治療指針図
まず、IPAH/HPAHの確定診断と重症度評価を行います。PAH、およびIPAH/HPAHの正確な診断が必要で、非専門施設では診断が正確でない可能性があるため、この時点での専門医への紹介が望ましいとされています。
IPAH/HPAHについてはまず、右心カテーテル検査時に一酸化窒素(NO)吸入もしくはエポプロステノール静注法を用いた急性肺血管反応性試験を行うことが推奨されています。
急性肺血管反応性試験の陰性例では、肺血管拡張薬を速やかに開始します。現在我が国では、それぞれ異なった3系統の肺血管拡張薬があり、PGI2(プロスタサイクリン)経路に属するプロスタサイクリンとその誘導体やプロスタサイクリン受容体(IP受容体)作動薬、エンドセリン経路に属するエンドセリン受容体拮抗薬(endothelin receptor antagonist; ERA)、およびNO系製剤のホスホジエステラーゼ5(phosphodiesterase type-5; PDE5)阻害薬とグアニル酸シクラーゼ刺激薬(sGCs)が使用可能です。
このうち、IP受容体作動薬であるセレキシパグは、プロスタサイクリン系の経口肺血管拡張薬として、世界規模の前向き試験で初めて効果が認められた薬剤で、従来の薬剤がプロスタサイクリンかそのアナログであったのに対し、異なる化学構造(非プロスタノイド構造)でありながら、IP受容体を刺激する作用を有します。
これら肺血管拡張薬は、NYHA/WHO機能分類Ⅲ度の例に対して有用であり、一部の薬剤ではⅡ度の例に対しても有効性が確認されています。
近年、IPAH/HPAHの治療目標をどのように設定するかに関して、さまざまな議論が行われています。我が国では、治療目標としてはあくまで肺血行動態の正常化を目指すべきとされ、このために治療薬の増量・併用が積極的に薦められています。
◆エビデンスレベル
- レベルA(高):
- 多数の患者を対象とする多くの無作為臨床試験によりデータが得られている場合
- レベルB(中):
- 少数の患者を対象とする限られた数の無作為試験,あるいは非無作為試験または観察的登録の綿密な分析からデータが得られている場合
- レベルC(低):
- 専門家の合意が勧告の主要な根拠となっている場合
◆推奨クラス分類
- クラスI :
- 手技・治療が有用・有効であることについて証明されているか,あるいは見解が広く一致している(推奨/適応)
- クラスII :
- 手技・治療の有用性・有効性に関するデータまたは見解が一致していない場合がある
- クラスIIa :
- データ・見解から有用・有効である可能性が高い(考慮すべき)
- クラスIIb :
- データ・見解により有用性・有効性がそれほど確立されていない(考慮してもよい)
- クラスIII :
- 手技・治療が有用・有効ではなく,ときに有害となる可能性が証明されているか,あるいは有害との見解が広く一致している(推奨不可)
ま と め
- 肺高血圧症は、病変の存在部位により5つの群に分類されます。
- 肺高血圧症が疑われる患者さんには、心エコー検査の積極的な施行が推奨されています。
- 三尖弁逆流ピーク血流速が3.4m/秒超であれば肺高血圧症が疑われます。
- 右心カテーテル検査で、安静時のmPAP≧25mmHgであれば肺高血圧症と診断されます。
- PAHの診断には、さらにPAWP≦15mmHgを満たすことが条件となります。
- IPAH/HPAHについて、急性肺血管反応性試験の陰性例では、肺血管拡張薬を速やかに開始します。
- 現在我が国では、それぞれ異なった3系統の肺血管拡張薬の使用が可能です。
- 治療目標は、肺血行動態の正常化を目指すべきだと考えられています。
References:日本循環器学会:肺高血圧症治療ガイドライン(2017年改訂版)
https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2020/02/JCS2017_fukuda_h.pdf(2021年11月閲覧)
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