第3回:慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)診断手順治療アルゴリズム

 肺高血圧症は、病変の存在部位により5つの群に分類されますが、第4群に分類されるのが慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)です。CTEPHは、肺動脈内の器質化血栓が原因となって発症する疾患です。
 本コンテンツでは、CTEPHの診断手順や治療アルゴリズムを中心に解説します。

CTEPHの症状・臨床所見・成因

【CTEPHの症状・臨床所見】

  • 主要な症状および臨床所見として、①労作時の息切れ、②急性例にみられる臨床症状(突然の呼吸困難や胸痛、失神など)が、以前に少なくとも1回以上認められている、③下肢の深部静脈血栓症(deep vein thrombosis; DVT)を疑わせる臨床症状(下肢の腫脹および疼痛)が以前に少なくとも1回以上認められている、④肺野にて肺血管性雑音が聴取される、⑤胸部聴診での肺高血圧症を示唆する聴診所見の異常(音肺動脈成分の亢進など)が挙げられます。

【CTEPHの成因】

  • 日本における急性例および慢性例を含む肺血栓塞栓症(PTE)の発生頻度は、欧米にくらべて少ないと考えられています。剖検輯報にみる病理解剖を基礎とした検討でも、その発生率は米国の約1/10とされています。米国では、急性PTEの年間発生数が50~60万人と推定され、急性期の生存例の約0.1~0.5%がCTEPHへ移行すると考えられてきました。しかしその後、急性例の3.8%が慢性化したとの報告もあり、急性PTE例では、CTEPHへの移行の可能性を常に念頭におくことが重要です。
  • また、血栓反復や肺動脈内での血栓の進展が関与している可能性も考えられ、さらに、①PAHでみられるような亜区域レベルの弾性動脈の血栓性閉塞、②血栓を認めない部位の増加した血流に伴う筋性動脈の血管病変、③血栓によって閉塞した部位より遠位における気管支動脈系との吻合を伴う筋性動脈の血管病変など、small vessel diseaseの関与が示唆されています。

CTEPHの診断

 CTEPHの診断には、右心カテーテル検査による肺高血圧症の存在診断とともに、PHを来すその他の疾患の除外診断が必要です。
 肺血流シンチグラムは、急性肺動脈血栓塞栓症やCTEPHの診断に有用で、CTEPHや血管炎など肺血管の狭窄や閉塞がある場合には、血流障害部位のみが楔状血流欠損像として描出され、肺換気シンチグラムでは異常が認められません。また、換気分布に異常のない区域性血流分布欠損(segmental defects)が、血栓溶解療法または抗凝固療法施行後も6ヵ月以上不変あるいは不変と推測でき、推測の場合には、6ヵ月後に不変の確認が必要であるとされています。
 このような肺換気-血流シンチグラムなどの結果からCTEPHが疑われる症例では、右心カテーテル検査時に肺動脈造影を施行し、特徴的な造影所見が確認できれば確定診断できます。
 また、造影MDCT(多列検出器CT)はCTEPHの診断においても、肺動脈造影と同等の診断能をもつとされ、肺換気-血流シンチグラムや肺動脈造影を対照としたメタ解析の結果でも、手術適応決定に必要な区域血栓までの検出に有用とされています。
 なお、原因不明の肺高血圧症に対するアプローチとCTEPHの位置付けをこちらに示します。

CTEPHの治療

 こちらにCTEPHの治療アルゴリズムを示します。
 確定診断後も、血栓再発予防と二次血栓形成予防のために抗凝固療法は継続します。
 肺血管病変に対する治療の目的は、第一に肺高血圧症を解消して右心不全の発生を防ぎ、生命予後を改善すること、第二に換気血流の不均衡を是正して酸素化を改善し、息切れなどの自覚症状を改善することです。現在我が国では、内科的治療(肺血管拡張療法)、外科的治療、およびバルーン肺動脈形成術(BPA)が選択肢となります。
 治療アルゴリズムとしては、最初に肺動脈内膜摘除術(PEA)の適応を検討し、適応がない場合はBPA、もしくは肺血管拡張療法を施行し、重篤な状態が持続するようであれば肺移植を検討します。

PEAの適応

 CTEPHは形態学的に、肺動脈本幹から肺葉・区域動脈に病変を認める中枢型、区域動脈よりも末梢の小動脈の病変が主体の末梢型の2つに分類されます。
 PEAは体外循環(ECC)および超低体温循環停止(DHCA)を用いて両側肺動脈内血栓・肥厚内膜を同時に摘除するものであり、中枢型は、PEAのよい適応となります。
 米国の報告では8割以上が中枢型である(型37.4%、型49.0%、型12.0%、型1.6%)のと対照的に、我が国のCTEPHはPTEの既往がはっきりせず、中枢病変が少なく末梢病変が多いため、PEAが困難な傾向にあります。

BPAの適応

 BPAは、バルーンカテーテルを用いて肺動脈の狭窄や閉塞を物理的に解除する治療であり、我が国から報告されているBPAによる肺血行動態の改善度は、PEAに匹敵するほどです。
 BPAの対象となるのは、①PEAの施行困難例、すなわち主要な病変が外科的に到達困難な末梢側に存在するか、高齢や合併症のためにPEAの適応がないと判断された症例、またはPEA術後の遺残肺高血圧症例であり、②内科的治療を行ってもNYHA/WHO機能分類度以上の自覚症状を有し、③病状およびリスク・ベネフィットを十分に説明したうえで本人(および家族)がBPAを希望しており、④重度の多臓器不全を有さないCTEPH症例です。
 CTEPHは希少疾患であり、十分な症例数を確保してBPAの経験を積むことは容易ではないとされています。元来、慢性疾患である本症に対して緊急治療が必要となることはまれであり、PEAと同様に、十分な経験のある施設における実施が望ましいとされています。

肺血管拡張薬の適応

 近年、CTEPHの病態に関して、肺動脈のsmall vessel diseaseまたはmicrovascular diseaseであり、一部PAHと重複するという概念が提唱されはじめました。これは、CTEPHの発症過程において、急性PTEはその端緒に過ぎず、一部の症例ではなんらかの機序によって器質化血栓が存在する部位以外で肺血管のリモデリングが生じ、血管の閉塞が進行して末梢型CTEPHに至るとする考えです。このため、small vessel diseaseの要素をもつCTEPHに対しては、PAHに準じた肺血管拡張薬が有効である可能性があるとされています。

CTEPHの治療に関する推奨とエビデンスレベル

 CTEPH治療における推奨とエビデンスレベルは、こちらに示す通りです。



 肺高血圧症治療ガイドライン(2017年改訂版)には記載されていませんが、2021年8月にIP受容体作動薬であるセレキシパグが、「外科的治療不適応又は外科的治療後に残存・再発した慢性血栓塞栓性肺高血圧症」に対して適応追加承認を取得しています。

◆エビデンスレベル

  • レベルA(高)
  • 多数の患者を対象とする多くの無作為臨床試験によりデータが得られている場合
  • レベルB(中)
  • 少数の患者を対象とする限られた数の無作為試験,あるいは非無作為試験または観察的登録の綿密な分析からデータが得られている場合
  • レベルC(低)
  • 専門家の合意が勧告の主要な根拠となっている場合

◆推奨クラス分類

  • クラスI
  • 手技・治療が有用・有効であることについて証明されているか,あるいは見解が広く一致している(推奨/適応)
  • クラスII
  • 手技・治療の有用性・有効性に関するデータまたは見解が一致していない場合がある
  • クラスIIa
  • データ・見解から有用・有効である可能性が高い(考慮すべき)
  • クラスIIb
  • データ・見解により有用性・有効性がそれほど確立されていない(考慮してもよい)
  • クラスIII
  • 手技・治療が有用・有効ではなく,ときに有害となる可能性が証明されているか,あるいは有害との見解が広く一致している(推奨不可)

ま と め

  • CTEPHは、肺動脈本幹から肺葉・区域動脈に病変を認める中枢型と、区域動脈よりも末梢の小動脈の病変が主体の末梢型の2つに分類されます。
  • CTEPH成因としてsmall vessel diseaseの関与が示唆されています。
  • CTEPHの症状はIPAHなどの他の肺高血圧症と類似しており、診断には、右心カテーテル検査による肺高血圧症の存在診断とともに、PHを来すその他の疾患の除外診断が必要です。
  • CTEPH治療では、現在我が国では、内科的治療(肺血管拡張療法)、外科的治療、およびバルーン肺動脈形成術(BPA)が選択肢となります。
  • 最初にPEAの適応を検討し、適応がない場合はBPA、もしくは肺血管拡張療法を施行し、重篤な状態が持続するようであれば肺移植を検討します。
  • IP受容体作動薬(セレキシパグ)は、2021年8月に、「外科的治療不適応又は外科的治療後に残存・再発した慢性血栓塞栓性肺高血圧症」に対して適応追加承認を取得しています。

References:日本循環器学会:肺高血圧症治療ガイドライン(2017年改訂版)
https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2020/02/JCS2017_fukuda_h.pdf(2021年11月閲覧)

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