第1回診断時や治療中に肺高血圧症患者さんが
抱える不安とその対応
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ご監修
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学校法人渡辺学園 東京家政大学
健康科学部 看護学科講師 瀧田 結香 先生
今回は、瀧田 結香 先生(学校法人渡辺学園 東京家政大学
健康科学部 看護学科)に、診断時や治療中に肺高血圧症(PH)患者さんが抱える不安とその対応についてご解説
いただきます。略歴:
東京医科歯科大学卒業後、慶應義塾大学病院循環器内科病棟に勤務。
杏林大学保健学部、慶應義塾大学看護医療学部を経て、現職。


診断時にPH患者さんが抱える
不安や課題とその対応
肺動脈性肺高血圧症(PAH)は、女性に多く、妊娠可能年齢の若年に好発するのが特徴です1)。それまで健康で過ごしてきた方も多いため、労作時の息切れは運動不足のせいだろうとそのまま過ごし、でもやっぱり苦しいと何気なく受診した病院で突然PHの診断をされるケースも少なくありません。そのため、PHと診断・告知されると、あまりの衝撃で現実を受け止めきれないことがあります。また、インターネットで病名を検索すると、「予後がきわめて悪い」といった情報もあり、「死」が目の前にちらつき、「自分は死んでしまうのか」と、一気に不安になってしまう場合もあります。また、「この先仕事ができるのか」「妊娠・出産はできるのか」「自分はこの先どうなってしまうのか」といった将来の見通しが立たないことに強い不安を抱く方もいらっしゃいます。
以前に勤めていた病院では、初発のPH患者さんに対し、右心カテーテル検査結果や重症度、治療方針について医師が説明する際に、看護師がなるべく同席し、医師の説明後に、患者さんの受け止め状況や治療に対する思いを確認するようにしていました。患者さんのなかには、告知の内容が衝撃的で、そこから先の説明は全く頭に入っていない方もいらっしゃいます。説明する際に毎回看護師に同席してもらうことは難しいかもしれませんが、病状説明の後には患者さんの理解度や受け止め状況を看護師に確認してもらうような体制を作り、必要であれば医師が再度説明を行う機会を持っていただけたらと思います。
- 肺動脈性肺高血圧症は好発年齢が若年1)
- 将来の見通しが立たないことに強い不安を抱く方もいる
- 医師の病状説明の後に、患者さんの理解度や受け止め状況を看護師が確認するような体制づくりも大切
- 1)肺高血圧症治療ガイドライン(2017年改訂版),p.20.
:https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2017/10/JCS2017_fukuda_h.pdf(2022年8月閲覧)


治療中にPH患者さんが抱える
不安や課題とその対応

PH患者さんは治療の意思決定をしていく際に、さまざまな不安を抱えています。PHは重症度に応じて肺血管拡張薬が選択され治療が開始されますが、投与経路は経口、持続皮下注、持続静注などさまざまです。重症患者さんは持続静注の導入が迫られますが、若年女性のなかには、「管が下着の横から見えることを受け入れられない」「ワンピースが着られなくなるのでは・・」「水着が着られない」などのように、ボディーイメージの変化に戸惑われる方もいます。そういった患者さんには、実際に導入して生活している同年代の患者さんと話をする機会を医師にセッティングしてもらったりすることもあります。このように、患者さんとの対話から、“医師から説明された治療法に対してどのような点が不安なのか、どんなことによって治療を決断できずにいるのか”、など不安の要因を明らかにし、医師とメディカルスタッフが連携してその要因にアプローチすることで患者さん自身が納得して治療を自己決定していけるよう支援していくことがとても重要と考えます。そして、治療を開始した後も、継続的にサポートしていくことが大切です。
また、一度治療について意思決定された場合でも、時間経過に伴う環境や病状の変化によって患者さんの気持ちが変わることもあります。先生方には、看護師などメディカルスタッフと連携しながら、タイミングをみて、患者さんの気持ちの変化や、いま不安に思っていることは何かを継続的に確認していただきたいと思います。
- PH患者さんは治療の意思決定をしていく際に様々な不安を抱えている
- 不安の要因を明らかにし、医師とメディカルスタッフが連携して患者さんを支援していくことが重要
治療中のつらさで多いのは、副作用についてです。対症療法で副作用の身体的なつらさは緩和できますが、精神的に不調を来し、さらに副作用の身体的苦痛が増強するという悪循環に陥ってしまう患者さんも少なくありません。
がん患者さんの心理的苦痛、精神的苦痛、倦怠感をマインドフルネス認知療法(MBCT)が改善させたとの報告2)もあることから、PH患者さんにとってもMBCTなどが副作用に伴う身体的・精神的苦痛に有用なのではないかと考え、現在、マインドフルネスを基盤としたプログラムを開発し、研究を行っています。
さらに、治療中は、家族関係に目を向ける必要もあります。患者さんのなかには、「薬を開始したら息苦しさが以前より良くなり『治ったのではないか』と、夫に言われ、家事を手伝ってもらえなくなった」という方もいらっしゃいました。薬剤の開始に伴い息苦しさなどが劇的に改善する場合もしばしば見られますが、運動によって容易に肺動脈圧が上昇する場合も多いため、発症前のように活動することで病状が悪化してしまうことがよくあります。そのため、患者さんだけでなくご家族も正しい知識を持って患者をサポートしていけるように医療従事者が支援していくことが大切だと考えています。一方で、ご家族の方に疲労や精神的ストレスがかかってしまう場合もあります。そのため、家族の負担やストレス状況の確認をメディカルスタッフに依頼し、必要に応じて、社会資源などを活用していけるよう調整していくことも重要と考えます。
- 治療中は対症療法などで副作用のつらさを緩和することが重要
- マインドフルネス認知療法などが心理的苦痛の軽減に有用である可能性
- 2)Park S, et al. J Pain Symptom Manage. 2020;60(2):381-389.


心療内科・精神科との
連携の必要性


PH患者さんのなかには、診断されたときや、治療を継続していくなかで、強い不安や不眠、食欲不振などを訴える方がいらっしゃいます。実際、PHQ-9*1やGAD-7*2などの調査票を用いて、PH患者さん(PAH・CTEPH*)のうつ・不安および精神的苦痛に関するMixed Methods Studyを行った結果、全体の44.6%に軽度以上のうつ症状(PHQ-9≧5)が見られ、なかでもPAH患者さんでは 64.0%と高い割合で軽度以上のうつ症状が見られました。中等度以上のうつ症状(PHQ-9≧10)もPAHで24.0%、CTEPH 14.3%とPAHで高値となっており、PAH患者さんはうつ症状を抱える方が多いことが示されています3)。
このような精神的な症状はPHの治療にも影響します。そのため、強いうつ症状や不安症状を抱えるケースでは主治医の先生から精神科医師にコンサルトいただき、不安やうつに対する適切な薬剤の処方・調整やリエゾンナースの介入など多職種で連携して治療継続をサポートしていくことも重要と考えます。
Mixed Methods Studyの結果
- 全体の44.6%に軽度以上のうつ症状(PHQ-9≧ 5)
- PAH患者さんでは64.0%と高い割合で軽度以上のうつ症状
- 中等度以上のうつ症状(PHQ-9≧ 10)はPAHで24.0%、CTEPH 14.3%とPAHで高値
- PAH患者さんはうつ症状を抱える方が多い
患者さんの背景
- 参加基準は下記の3点
(1)PAHまたはCTEPHの診断がされた
(2)20歳以上
(3)試験時、都内大学病院肺高血圧症外来の患者であった - 除外基準は下記の2点
(1)認知・判断能力が低下し、研究に対する理解と同意が得られない場合
(2)膠原病や肺疾患など他の疾患に関連するPHの場合 - 参加者は、都内大学病院の肺高血圧症専門外来で、2016年12月から2019年3月までの期間に、連続したサンプリングにより募集
- *慢性血栓塞栓性肺高血圧症
- *1 Patient Health Questionnaire-9
- *2 General Anxiety Disorder-7
- 3) Takita Y, et al. BMJ Open Respir Res. 2021;8(1):e000876.


PH診療において
医療従事者に求められる姿勢
普段、PH患者さんと接していると、医療従事者からの何気ない一言に深く傷付いた、という声をしばしば耳にします。なかでも、内服薬に伴う副作用で辛い状況の患者さんたちにとって「飲み薬だから大丈夫でしょう」「ちょっと我慢して」といった言葉は深く刺さり、「非常に悲しかった」「しんどさをわかってもらえないと感じた」とおっしゃる患者さんが多いなと感じています。私たち医療従事者にとっては、持続皮下注や持続静注のほうが重症患者だという思いや、内服療法は侵襲的ではないからそんなに大変ではないはず、という思いを抱きがちかと思います。「内服治療で(注射しなくていいのだから)よかったですね」といった何気ない言葉によって深く傷付いてしまう患者さんもいらっしゃるということを念頭に置き、提供する言葉を慎重に選んでいただく必要があると考えています。
また、患者さんの思いを傾聴する時間を確保することも重要です。患者さんは、「家族が心配するから言えない」と、ご自身が抱えている不安やつらさを家族や身近な方に言えないこともあります。そんなとき、医療従事者が不安やつらさなど患者さんの思いを傾聴することで、「話を聞いてもらえて、気持ちが楽になった」とおっしゃる方も多いです。医師は、外来でたくさんの患者さんを診療しなければならずなかなか時間が取れないこともあると思いますので、患者さんに一番近い存在である看護師が、患者さんの不安やつらさを傾聴し、思いに寄り添い支援する役割を担う必要があると考えています。
- 患者さんは医療従事者からの何気ない一言で傷つくこともあり、提供する言葉を慎重に選ぶ必要がある
- 患者さんの思いを傾聴する時間の確保が大切
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