それは本当にIPAH?~PAHの診断のポイント~
監修
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東京大学医学部附属病院
高度心不全治療センターセンター長
波多野 将 先生 -
今回は、波多野 将 先生に、第1群に分類される肺動脈性肺高血圧症(PAH)の診断や鑑別についてご解説いただきます。
肺動脈性
肺高血圧症診療において
念頭に置くこと
肺高血圧症(PH)は、予後不良な進行性の疾患群です。PHは、その原因ごとに大きく5つに分類されており、それぞれ治療方針が異なります。このうち、近年、第1群に分類される肺動脈性肺高血圧症(PAH)は治療法が進歩し、早期に適切な治療介入をすれば、良好な予後が見込めるようになっています。
本来PAHは進行性の疾患です。病態の進行が緩やかな方がいる一方、「日単位で病態が進行している」患者さんもいます。私は、過去に、紹介を受けてから受診するまでの数日間で病態が進行していた患者さんを診た経験があることから、相談を受けた時点で進行の速さを確認し、迅速な入院の要否を判断するようにしています。
適切な治療介入のためには、適切な診断や鑑別が非常に重要になります。PAHの診断や鑑別を誤り、治療を進めてしまうと、患者さんの予後に悪影響を及ぼします。つまり、「誤った診断や鑑別は、患者さんの人生を変えてしまう」ということです。患者さんの良好な予後のために、治療前の診断や鑑別を適切に行っていただきたいと考えています。
肺動脈性肺高血圧症診療において
念頭に置くこと
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- PAHは進行性の疾患
- 進行が緩やかな方がいる一方、「日単位で病態が進行している」患者さんもいる
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結合組織病に伴う PAH
(CTD-PAH)を
見逃さないためには?
膠原病の診断がなされている患者さんでは、定期的に検査を行うことでPHの診断が可能です。PAHを合併する膠原病には全身性強皮症(SSc)、混合性結合組織病(MCTD)、全身性エリテマトーデス(SLE)などがありますが、あわせて注意すべきは、シェーグレン症候群です。近年、シェーグレン症候群によるPAHの頻度は、従来報告されていたものよりも多いことがわかってきています1)ので、シェーグレン症候群の患者さんを診療する際には、PAHの合併を疑うことが重要です。また、SScで抗セントロメア抗体陽性の症例は、高率にPAHを合併しますので、注意が必要です。
また、CTD-PAHでは、PAHと間質性肺疾患、PAHと肺血栓塞栓症など、複数の要素を合併しているケースがあります。そのため、診断がひとつ得られたからといって、そこで検査をやめてしまうと、合併している疾患が見逃されてしまうことがあります。
一方、膠原病の診断がなされていない、原因不明のPHを診たときに、それがCTD-PAHであると鑑別することは難しい場合があります。実際、「特発性肺動脈性肺高血圧症(IPAH)の疑いがあります」と紹介されたにもかかわらず、単に膠原病が見落とされていて、CTD-PAHだったというケースを複数経験しています。したがって、CTD-PAHを鑑別する際は、一度はリウマチ科や皮膚科の膠原病専門医に相談することをおすすめします。
なお、CTD-PAHのスクリーニングでは抗核抗体の測定のためELISA法や蛍光間接抗体法が用いられます。ELISA法を用いた場合には抗中心体抗体を検出できないこと、一方、蛍光間接抗体法を用いた場合には、抗SS-A抗体は別途測定する必要があることに注意してください。
結合組織病に伴うPAH
(CTD-PAH)鑑別のポイント
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PAHを合併する膠原病
- SSc、MCTD、SLE、シェーグレン症候群など
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従来報告されていたものよりも多い
抗セントロメア抗体陽性のSSc症例は高率にPAHを合併する
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- PAHと間質性肺疾患、PAHと肺血栓塞栓症など、複数の要素を合併することに注意
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原因不明のPHにおける膠原病の鑑別
- 原因不明のPHで膠原病を鑑別することは難しい場合がある
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抗核抗体の測定法による留意点
- ELISA法を用いた場合:抗中心体抗体を検出できない
- 蛍光間接抗体法を用いた場合:抗SS-A抗体は別途測定する必要がある
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成人先天性心疾患に伴う
PAH
(ACHD-PAH)を
見逃さないためには?
近年は成人期まで先天性心疾患(CHD)の存在が見逃されるケースは少なくなりました。しかし、現在でも成人になってからCHDが診断されるケースもあります。実際、シャントが見逃されており、60代になって心房中隔欠損症(ASD)が見つかった症例を経験しています。
したがって、初診のPH患者さんを診た際は、CHDの可能性を考慮して、経食道心エコーや右心カテーテルの際にoximetry runを行うべきと考えています。
また、ACHD-PAHは、解剖学的な形態評価が特に重要ですので、冠動脈CTや心臓MRIが非常に有用です。冠動脈CTでは心電図と同期することにより、心肺を含めた構造評価が正確にできます。心臓MRIは、CTと同様の三次元的な評価に加え、体肺血流比(Qp/Qs)の正確な把握(動脈系および静脈系大血管のflow解析、心室容積と弁逆流量の解析)や、両心室機能の正確な評価が可能です。
PAH患者さんにおける
ACHDの診断方法
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初診のPH患者さん
- 経食道心エコーや右心カテーテルの際にoximetry runを行う
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ACHD-PAH患者さんにおける病態評価
- 形態評価、機能評価のために冠動脈CTや心臓MRIを行う
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薬物/毒物誘発性PAHを
見逃さないためには?
薬物/毒物誘発性PAHの原因薬剤には、食欲抑制薬、ダサチニブ、インターフェロンなどがあります。
また、近年、青黛(せいたい)という漢方薬も原因薬剤のひとつとして知られています。青黛は、未承認の漢方薬である天然藍で、潰瘍性大腸炎患者さんが、自由診療や自己判断で青黛を含む漢方薬を服用しているケースが考えられます。
したがって、PAH患者さんを診る際には、薬物治療歴やサプリメント摂取歴などを詳細に聴取することが重要です。
薬物/毒物誘発性PAHの
原因物質例
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- 確実な関連あり
- アミノレックス
フェンフルラミン
デキスフェンフルラミン
毒性を有する菜種油
ベンフルオレックス
選択的セロトニン再取り込み阻害薬
- 関連性が高い
- コカイン
フェニルプロパノールアミン
セイヨウオトギリソウ
化学療法薬(マイトマイシンC,シクロホスファミド)
インターフェロンα・β
アンフェタミン様薬剤
(Simonneau G, et al. J Am Coll Cardiol. 2013; 62: D34-41. をもとに一部改変)
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肺静脈塞栓症(PVOD)を
見逃さないためには?
PVODを初期の段階で鑑別することは、非常に難しいと考えています。呼吸機能検査で肺拡散能低値(しばしば50%未満)、胸部high-resolution CT検査で小葉中心性のすりガラス陰影が認められる、などのPVODを示唆する所見はあるものの、これらの所見は第1群+第3群である可能性もあります。
したがって、PVODのような鑑別が難しい疾患は、治療反応性をよくみながら、適宜、診断を軌道修正していくことが現実的ではないかと考えています。
肺静脈塞栓症(PVOD)の
鑑別について
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PVODを示唆する所見
- 呼吸機能検査:
肺拡散能低値(しばしば50%未満)、重度の低酸素血症 - 胸部high-resolution CT検査:
小葉中心性のすりガラス陰影、小葉間隔壁肥厚、縦隔リンパ節腫大 - 肺血管拡張薬への反応:
肺水腫を惹起する可能性
- 呼吸機能検査:
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特発性肺動脈性
肺高血圧症(IPAH)を
見逃さないためには?
IPAHは基本的に除外診断になりますので、他のすべてのPAHの原因となる疾患が本当に除外されているかどうかを十分に検討します。私は、過去に、IPAHと診断されていた患者さんが、実はシェーグレン症候群に伴うPAHだったケースや、先天性心疾患に伴うPAH、中には第4群の慢性血栓塞栓性肺高血圧症だったケースなどを経験しています。これらは、「IPAHは基本的に除外診断である」ことが徹底されていなかったために起こったのではないかと考えられます。
また、近年では、高齢者がIPAHと診断されるケースが増えてきています。高齢者の多くは若いIPAH患者さんとは異なり、左心疾患の要素や肺疾患の要素をあわせもっています。このようなIPAHはatypical IPAHとよばれ、治療に際しては純粋なIPAHとは違ったアプローチが必要となります。
特発性肺動脈性肺高血圧症
(IPAH)鑑別のポイント
- IPAHは基本的に除外診断
- PAHの原因となる疾患が除外されていることを十分に検討
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高齢者の場合
- 左心疾患の要素や肺疾患の要素をあわせもつIPAH(atypical IPAH)に注意
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PHに遭遇する可能性のある
先生へのメッセージ
一般診療に携わる先生は、PHの疑いがある場合は、遠慮せずに専門施設へ紹介していただきたいと思います。
また、普段PHを診療されている先生においても、PAHはその原因のあらゆる可能性を疑う必要があるため、一度は専門施設にコンサルトしていただければと思います。
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