急性肺血栓塞栓症で気をつけたい
慢性血栓塞栓の病態
国立循環器病研究センターの青木竜男先生と、名古屋大学医学部附属病院の足立史郎先生に、
「急性肺血栓塞栓症で気をつけたい慢性血栓塞栓の病態」というテーマで対談していただきました。
慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)の早期発見・早期治療におけるポイントなどについてお話しいただきました。
心臓血管内科部門 肺循環科・中央支援部門
心血管リハビリテーション科
循環器内科 病院助教
Points
APTE発症1年後
の血栓残存率
74%1)
APTE発症1年後のCTEPHの予測因子2)
心エコー TRV>2.8m/sec(TRPG31mmHg)
6分間歩行時SpO2 4%以上の低下
APTE発症後は
CTEPH進展を
考慮した
定期的なフォロー
TRV:三尖弁逆流速度TRPG:三尖弁圧較差SpO2:経皮的動脈血酸素飽和度
QOLの大きな改善が得られる疾患である。
早期発見のための推奨事項や知見を議論した。
急性肺血栓塞栓症診療の現状
急性肺血栓塞栓症治療とフォローアップ
急性肺血栓塞栓症(APTE)の治療については、多くの施設で「肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断, 治療, 予防に関するガイドライン(2017年改訂版)」 3)に則り実施していると思われます。治療におけるポイントのひとつは、適切な量の抗凝固薬を適切な期間投与することです。
当院での初期治療後の抗凝固療法はかかりつけ医で実施いただきますが、1年に1回は必ず当院を受診してもらい、血栓発症リスクの変化、例えばがんへの罹患や退院後に服用を始めた薬剤の有無などについて問診し、リスクが変化していれば血栓の有無を検査で確認するようにしています。
私たちは原則的に初期治療後も当センターでフォローしています。軽症例であれば6ヵ月後に、心エコー検査やCT検査を実施しています。
Nagoya PE studyからわかったこと
当院および関連施設では、APTE発症1年後の残存血栓の頻度を評価した多施設共同前向き研究であるNagoya PE studyを実施しました。その結果、95%の症例が抗凝固療法を継続したにもかかわらず1年後の残存血栓は74%にみられました(図1)。また1ヵ月後に血栓が残存していた症例のほとんどで1年後も血栓が残存していました。実臨床においては、評価されていないだけで多くの患者さんに血栓が残存していると推察されます。
また、慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)の予測因子を検討した結果(図2)、初診時の脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)またはNT-proBNP、三尖弁圧較差(TRPG)がCTEPHの急性増悪を予測する因子となり、さらに、APTE発症1年後時点におけるCTEPHを予測する因子として、三尖弁逆流速度(TRV)、6分間歩行距離試験時の経皮的動脈血酸素飽和度(SpO2)が抽出されました。これらを指標として、APTEの初診時だけでなく、発症後も的確にフォローする、または専門医に紹介することにより、CTEPHの見落としを防ぐことができると思います。
多くの総合病院ではAPTEを継続して診療するのではなく、かかりつけ医と連携すると思われます。かかりつけ医で抗凝固療法を実施し6ヵ月から1年に1回、総合病院を受診するという病診連携により、救うことができる患者さんが増えるのではないでしょうか。また、抗凝固療法の継続・中止は血栓リスクや残存血栓の有無を適切に評価し検討すべきです。
本試験でのCTEPH発症率はどの程度ですか。
約3.8%でした。ただ、運動負荷をかけると平均肺動脈圧が上昇する症例も多く、フォローアップ期間1年での数値ということを考慮すると、適切な抗凝固療法が継続されていなければ、発症率はもう少し増加していくと思います。
急性肺血栓塞栓症から慢性血栓塞栓性肺高血圧症を発症した症例
両側性APTEと前医で診断された70歳代男性、抗凝固療法開始7ヵ月後時点でまだ右心負荷が残っていたものの自覚症状が改善したため経過観察となりました(図3)。しかし、その3ヵ月後に心不全をきたし、当院に転院となりました。肺換気・血流シンチグラフィ検査において多発性の血流欠損、造影CT検査において肺動脈近位部に器質化した血栓が認められたため中枢性のCTEPHとして肺動脈内膜摘除術(PEA)を行いました。肺高血圧を放置すると心拍出量が低下し心不全に至ることがあります。本症例はAcute on chronic PEと思われ、APTE治療後の右心負荷からCTEPHが疑われるべき症例でした。CTEPHにおいてはPEAとバルーン肺動脈形成術(BPA)が予後改善に寄与することがわかっており、できる限りCTEPHを早期発見し、適切な治療につなげることが大切です。
本症例の肺動脈造影画像(未掲載)より、時間が経過したCTEPHと思われます。間違いなくAcute on chronic PEであり、もう少し早い段階で息切れなどがあったことが想像されます。息切れを的確に把握し、血管リモデリングが進行する前に治療を実施できれば、症状の残存や運動時肺高血圧症なども防ぐことができ、その後のQOLの向上も期待できると思われます。
慢性血栓塞栓性肺高血圧症の
早期発見・早期治療におけるポイント
APTE患者1,098例を対象とした報告では、Post-PE impairment、いわゆる肺塞栓後症候群(PPEI)の2年間の推定累積発生率は16%、CTEPHは2.3%でした4)。PPEIは心エコー検査により右心機能障害、または自覚症状の悪化が認められると定義されており、一部がCTEPHへ進展すると考えられます。PPEIを呈する症例では3ヵ月時点の心エコー検査で60%、24ヵ月時点で100%に右心負荷が認められています。したがって、APTEではCTEPHに進展する可能性を念頭に置いた、3ヵ月、6ヵ月、1年のフォローが重要であることがわかります。
CTEPHに進展するリスク因子としては、初期およびフォロー段階において右心負荷が残っている、再発性である、Unprovokedである、肺換気・血流シンチグラフィ検査において血流欠損が残存していることなどが挙げられます4,5) 。右心負荷の評価のために心エコー検査は必須です。抗凝固療法を継続しているにもかかわらず、右心負荷が継続する場合はCTEPHへの進展を考慮し、右心カテーテルを含めた精査を検討する必要があります。また通常のCT検査では末梢の血栓が否定できないため、肺換気・血流シンチグラフィ検査の実施が望ましいです(図4)。
APTE発症後にCTEPHに進展する場合、おそらく3ヵ月から6ヵ月時点ですでにCTEPHに進展していると考えられ、早期発見のためには6ヵ月くらいで評価する必要があります。評価方法は青木先生のおっしゃるように心エコー検査は必須で、可能であれば肺換気・血流シンチグラフィ検査により血流を確認し、その結果として右心負荷が生じていないかを評価することが重要と考えます。
CTEPH治療はPEAとBPAがメインであり、それが施行できる施設といかに早期に連携するかが重要です。病診連携には難しい取り決めは必要なく、Nagoya PE studyで示されたような予測因子に則って評価し、早期に専門施設に紹介してもらえるとよいと思います。
APTEにはAcute on chronic PEが隠れている可能性を常に念頭に置き、右心負荷が残っている場合はその時点で紹介していただきたいです。かかりつけ医と我々専門施設がしっかりと連携することで、CTEPHの早期発見、早期治療が可能となると考えています。
- APTEにはAcute on chronic PEが隠れている可能性を常に念頭に置く。
- Nagoya PE studyよりAPTE患者におけるCTEPHの予測因子が示された。
- APTE発症後3ヵ月、6ヵ月、1年など、定期的にCTEPHのリスク因子と右心負荷を評価する。
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