薬効薬理
1.作用機序
可逆的非共有結合型BTK阻害剤であるピルトブルチニブは、BTKのATP結合ポケット内の複数のアミノ酸に非共有結合するため、野生型及びC481変異を有するBTKのキナーゼ活性を阻害し、BTKを介した下流のシグナル伝達を阻害すること等により、B細胞性悪性腫瘍細胞の増殖を抑制すると考えられます1,2)。
- 1)社内資料:ピルトブルチニブの薬理試験
- 2)Gomez EB, et al. Blood. 2023; 142: 62-72[. 利益相反:本研究はイーライリリー社の資金により行われ、著者は同社の社員である。]
- 4)Ponader S, et al. J Clin Oncol. 2014; 32: 1830-1839.
- 29)Wen T, et al. Leukemia. 2021; 35: 312-332.
- 30)Wang E, et al. N Engl J Med. 2022; 386: 735-743.
[利益相反:著者にLOXO Oncology社(現イーライリリーアンドカンパニー)より支援を受けている者が含まれ、また、著者のうち5名は同社の社員である。] - 31)Schultze MD, et al. Ann Pharmacother. 2024[Epub ahead of print].より作図
2.薬効を裏付ける非臨床試験
(1)BTK及びBTK C481S変異体に対する阻害作用(in vitro)1)
- 1)社内資料:ピルトブルチニブの薬理試験
ヒトBTKに対するピルトブルチニブの阻害作用を、完全長の野生型BTK及びBTK C481S変異体を用いて放射性標識ATPキナーゼアッセイにより検討しました。その結果、ピルトブルチニブは、野生型BTK及びBTK C481S変異体を阻害し、ATP濃度がミカエリス定数(Km)相当のときのIC50値はそれぞれ3.15及び1.42nMでした。
- BTK及びBTK C481S変異体に対する阻害作用
-
キナーゼ n ピルトブルチニブIC50(nM) BTK(野生型) 12 3.15±1.32 BTK C481S 12 1.42±0.60 平均値±標準偏差
- <方法>
- 完全長の野生型BTK及びBTK C481S変異体を用いて、各酵素のKm値に相当するATPの濃度において、[33P]-ATP由来[33P]-PO4のペプチド基質への取込みを指標にピルトブルチニブのBTK及びBTK C481S変異体に対する阻害活性を測定する放射性標識ATPキナーゼアッセイにより検討した。
(2)BTK及びBTK C481置換変異体に対する親和性(in vitro)1)
- 1)社内資料:ピルトブルチニブの薬理試験
ピルトブルチニブのBTK及びBTK C481置換変異体(BTK C481S、C481R及びC481T)に対する結合反応速度及び親和性を、表面プラズモン共鳴(SPR)アッセイで検討した結果は下記のとおりでした。解離定数(KD)、解離速度定数(Kd)及び解離半減期(t1/2)から、BTK及びその変異体に対するピルトブルチニブの結合は可逆的で非共有結合性であることが示唆されました。
- BTK及びBTK C481置換変異体に対する結合動態
-
ピルトブルチニブ ka
(M-1s-1)kd
(s-1)kD
(nM)平均kD
(nM)t1/2
(hr)平均t1/2
(hr)BTK(野生型) 試行1
試行2
試行36.0×104
7.5×104
1.1×1055.3×10-5
9.7×10-5
8.6×10-50.8
1.3
0.81.0 3.6
2.0
2.22.6 BTK C481S 試行1
試行2
試行32.7×104
1.3×105
9.9×1047.2×10-5
2.1×10-4
9.6×10-52.6
1.5
1.01.7 2.6
1.1
2.01.9 BTK C481R 試行1 5.9×104 2.6×10-5 0.4 N/A 7.5 N/A BTK C481T 試行1 3.1×104 6.8×10-6 0.2 N/A 28 N/A N/A:該当なし
- <方法>
- Biacore T200装置を用いたSPRアッセイにより、ピルトブルチニブのBTK、BTK C481S、C481R及びC481Tに対する結合反応速度及び親和性を検討した。ビオチン標識BTK蛋白質をそれぞれストレプトアビジンセンサーチップに固定化し、ピルトブルチニブ4.1~333nMで処理後、ランニングバッファーを用いて解離相のモニタリングを実施した。解離相における指数関数的な減少が認められたため、可逆的阻害剤の速度定数を求めるための1:1の結合モデルに適合させた。
(3)HEK293細胞におけるBTKリン酸化活性に対する阻害作用(in vitro)1,2)
- 1)社内資料:ピルトブルチニブの薬理試験
- 2)Gomez EB, et al. Blood. 2023; 142: 62-72.
[利益相反:本研究はイーライリリー社の資金により行われ、著者は同社の社員である。]
BTK又はBTK C481S変異体を安定的にHEK293細胞に発現させ、BTKのリン酸化を測定することにより、BTKリン酸化活性に対するピルトブルチニブの阻害作用を検討しました。その結果、ピルトブルチニブはHEK293細胞に安定的に発現させたBTK及びBTK C481S変異体の自己リン酸化を阻害し、IC50値は8.8及び9.8nMでした。
- BTK又はBTK C481S変異体を安定的に発現させたHEK293細胞でのBTK自己リン酸化に対する阻害作用
-
キナーゼ ピルトブルチニブ イブルチニブ n IC50(nM) n IC50(nM) BTK(野生型) 3 8.8±1.2 3 6.2±1.0 BTK C481S 3 9.8±4.3 3 >300 平均値±標準偏差
- <方法>
- BTK又はBTK C481S変異体をHEK293細胞に発現させ、ピルトブルチニブ又はイブルチニブで細胞を処理し、BTKの主要な自己リン酸化部位であるY223のリン酸化を測定することによりBTKリン酸化活性をウェスタンブロッティング法で検討した。また、BTKY223リン酸化シグナルを総BTKに対して正規化し、対照[ジメチルスルホキシド(DMSO)処置]と比較した相対値から、IC50値を算出した。
(4)ヒトB細胞性リンパ腫細胞株における細胞増殖に対する阻害作用(in vitro)1)
- 1)社内資料:ピルトブルチニブの薬理試験
複数のヒトB細胞性リンパ腫細胞株(TMD8細胞株*1及びREC-1細胞株*2)を用いて、ピルトブルチニブの抗増殖活性を検討しました。その結果、ピルトブルチニブはTMD8及びREC-1細胞株の増殖を阻害し、IC50値はそれぞれ2.33及び3.13nMでした。
*1 ヒトABC-DLBCL由来
*2 ヒトMCL由来
- <方法>
- TMD8細胞株はピルトブルチニブ0.1~10,000nMで処理し、Cell Imaging Systemを用いて、細胞密度のリアルタイム評価を行った(1試行につきtriplicate、1試行を実施)。
REC-1細胞株は、ピルトブルチニブ0.14~300nMとともにインキュベート後、CellTiter-Glo試薬を添加して細胞を溶解し、発光をマルチモードプレートリーダーで測定し、シグナルを溶媒対照の値に対して正規化した(1試行につきduplicate又はtriplicate、3試行を実施)。
(5)ヒト末梢血単核細胞及び全血中におけるB細胞活性化に対する阻害作用及び阻害作用の可逆性の確認
(in vitro)1)
- 1)社内資料:ピルトブルチニブの薬理試験
ヒト末梢血単核細胞(PBMC)及び全血中のB細胞の活性化に対するピルトブルチニブの阻害作用を、抗IgM抗体又は抗IgD抗体による刺激でCD69が陽性になったCD19+B細胞の比率を指標32,33)に確認した結果、ピルトブルチニブはヒトPBMC及び全血中のB細胞の活性化を阻害し、IC50値はそれぞれ3.6及び30.6nMでした。
また、ピルトブルチニブの阻害作用の可逆性を、ウォッシュアウト法を用いたB細胞活性化アッセイにより検討した結果、ウォッシュアウト後のピルトブルチニブによるB細胞活性化阻害率は、最高濃度の10μMでも10%未満であったことから、ピルトブルチニブのBTKへの阻害作用は可逆的であることが示唆されました。
- 32)Treanor B. Immunology. 2012; 136: 21-27.
- 33)Haerzschel A, et al. Ann Hematol. 2016; 95: 1979-1988.
- ヒトPBMC及び全血中のB細胞活性化に対する阻害作用
-
- ヒトPBMC中のB細胞活性化に対する阻害作用の可逆性(ウォッシュアウト法)
-
- <方法>
- ヒトPBMC又は全血をピルトブルチニブとともにインキュベート後、それぞれ抗IgM抗体又は抗IgD抗体によりB細胞抗原受容体(BCR)を活性化し、活性化B細胞の比率をフローサイトメトリーで測定した。また、PBMCをピルトブルチニブとともにプレート上でインキュベート後、洗浄を6回繰り返して非結合のピルトブルチニブを除去し、その後B細胞を前述と同様に活性化して分析し、ピルトブルチニブの阻害作用の可逆性を検討した。
(6)ヒト末梢血単核細胞におけるBTK占有率(in vitro)1)
- 1)社内資料:ピルトブルチニブの薬理試験
ヒト末梢血単核細胞(PBMC)におけるピルトブルチニブのBTK占有率を、蛍光標識したピルトブルチニブ由来分子を用いて検討しました。その結果、ピルトブルチニブはヒトPBMCのBTKを濃度依存的に占有し、平均EC50値は3.82nMでした。また、ピルトブルチニブの平均BTK占有率は300nMの濃度で95%超、1,000nMの濃度で97%超でした。
- <方法>
- 新鮮なヒト全血(健康ドナーから採取)からPBMCを分離し、ウシ胎児血清(FBS)添加培地に懸濁し、ピルトブルチニブ0.1~1,000nMとともにインキュベート後、蛍光プローブ(共有結合型で細胞透過性の蛍光色素分子結合ピルトブルチニブ由来分子)を添加し、PBMC中の非占有BTKを標識した。インキュベート後、細胞を洗浄した溶解物を回収し、ドデシル硫酸ナトリウムポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS-PAGE)を行い、蛍光ゲルスキャニングで解析した。ゲルバンドの蛍光シグナルから背景値を減じて定量し、バンド量の値を溶媒対照データに対して正規化し、溶媒対照(非占有BTKを100%と設定)と比較したBTKの非占有率を算出した。
(7)ヒトMCL細胞株(REC-1)移植モデルにおける腫瘍増殖抑制作用(マウス)1,2)
- 1)社内資料:ピルトブルチニブの薬理試験
- 2)Gomez EB, et al. Blood. 2023; 142: 62-72.
[利益相反:本研究はイーライリリー社の資金により行われ、著者は同社の社員である。]
ヒトMCL由来のREC-1細胞株を皮下移植したREC-1異種移植モデルマウスに、ピルトブルチニブ10~50mg/kgを1日2回(n=6/群)21日間反復経口投与し、腫瘍体積を測定することにより、腫瘍増殖抑制作用を検討しました。その結果、ピルトブルチニブ投与39日目において、対照群と比較して、すべてのピルトブルチニブ群で有意な腫瘍増殖抑制作用が認められました。また、投与に関連する死亡は認められませんでした。
- ヒトMCL細胞株(REC-1)移植モデルにおける腫瘍体積及び体重(参考情報)の推移
-
平均値±標準誤差
* 対照群に対してそれぞれp=0.0007(ピルトブルチニブ10mg/kg群)、p=0.0002(ピルトブルチニブ30mg/kg群)及びp<0.0001(ピルトブルチニブ群50mg/kg群)
- <方法>
- 雌の無胸腺ヌードマウスの側腹部にREC-1細胞を皮下移植し、平均腫瘍体積が150mm3に達するまで18日間増殖させたREC-1モデルマウスを用いて、ピルトブルチニブ10、30又は50mg/kgを1日2回(n=6/群)又は溶媒(n=10/群)を21日間反復経口投与し、腫瘍増殖に対する作用を検討した(腫瘍体積は週2回測定)。対照群と各ピルトブルチニブ群との比較には、二元配置反復測定分散分析及びBonferroniの多重比較検定を用いた。
(8)ピルトブルチニブのキナーゼ選択性(in vitro)1,2)
- 1)社内資料:ピルトブルチニブの薬理試験
- 2)Gomez EB, et al. Blood. 2023; 142: 62-72.
[利益相反:本研究はイーライリリー社の資金により行われ、著者は同社の社員である。]
371種類のヒト野生型キナーゼに対するピルトブルチニブの阻害プロファイルを、放射性標識ATPアッセイを用いて検討しました。その結果、阻害率50%超[対照に対する割合(POC)の値が50%未満]であったのはBTKのほか、8種類のキナーゼ(BRK、TXK、YES1、CSK、FYN、ERBB4、MEK1及びMEK2)でした。また、ピルトブルチニブの細胞におけるキナーゼ活性に対する阻害作用は、表のとおりでした。
- BTK及び非標的キナーゼに対する作用(細胞アッセイ)
-
キナーゼ n ピルトブルチニブIC50
(nM)BTKと比較した倍数# 評価指標 BTK 3 0.66±0.34 1 トレーサーの競合的置換 TEC 3 70.46±20.30 106.8 トレーサーの競合的置換 BRK/PTK6 3 360.47±198.56 546.2 トレーサーの競合的置換 TXK 3 >5,000* >7,600 トレーサーの競合的置換 YES1 3 >5,000* >7,600 トレーサーの競合的置換 CSK 3 >5,000* >7,600 トレーサーの競合的置換 FYN 3 >5,000* >7,600 トレーサーの競合的置換 ERBB4 2 >10,000* N/D C末端テールのリン酸化 MEK1/MEK2 3 12,600±2,400 N/D ERK1/2のリン酸化(HCT116細胞) MEK1/MEK2 3 3,790±1,310 N/D ERK1/2のリン酸化(A375細胞) IC50値:平均値±標準偏差
N/D:算出せず
* データ値がIC50の曲線に適合しない場合は、検討した最高濃度を用いて平均値を推定した。
# NanoBRETTM競合的置換アッセイで評価したキナーゼについて算出した。
- <方法>
- 371種類のヒト野生型キナーゼ(BTKを含む)に対して、放射性標識ATPアッセイを用いて、ピルトブルチニブの阻害プロファイルを検討した。さらに、スクリーニングアッセイで対照に対する割合(POC)値が50%未満であった8種及びTECに対するピルトブルチニブの阻害活性を精査するため、放射性標識ATPアッセイを実施するとともに、細胞におけるキナーゼ活性に対するピルトブルチニブの阻害作用を検討した。
4. 効能又は効果
-
他のBTK阻害剤に抵抗性又は不耐容の再発又は難治性のマントル細胞リンパ腫
6. 用法及び用量
-
通常、成人にはピルトブルチニブとして200mgを1日1回経口投与する。なお、患者の状態により適宜減量する。